明治初期、北海道の寒地では不可能とされてた米づくりは、1873年(明治6年)に中山久蔵翁が現在の島松沢(北広島市島松)で、「赤毛種」とよばれる寒さに強い稲を改良しながら、水温を一定に保つため昼夜を問わず管理し、多くの苦労を重ね、稲作に成功しました。その後、中山久蔵翁は稲作を始める開拓者に種もみを無償で配布し、全道各地に米づくりが広がりました。また、赤毛種は、明治時代に広がり、1928年(昭和3年)には神饌田(しんせんでん)に選ばれ献上されました。現在の北海道を代表する米となった「ゆめぴりか」「ななつぼし」は「赤毛種」(道立農業試験場 登録番号一)の子孫です。
当商工会は、この歴史的偉業を讃え、現在では流通しない、その当時の米を復活栽培し、北広島の観光資源として会員事業所の経営の安定に寄与する目的で、商品開発等、様々な取組を行っています。
平成24年より取り組んでいる当会の取組が評価され、農林水産省主催の第8回ディスカバー農山漁村の宝(むらの宝)アワードにて特別賞を受賞しました。
また、北海道米のルーツ「赤毛米」は、当商工会を含む地域での取組み・活動が認められ、北海道遺産に選定されました。(令和4年10月/第4回選定)
1873年に寒地稲作が成功してから2023年で150年の節目を迎えました。